芝本町クリニック 池田裕介
脳梗塞ってどういう病気でしょう?脳の血管(主に動脈)が何らかの原因で詰まってしまい(閉塞し)、血液の流れる領域の脳に障害が起きる病気を脳梗塞と言います。脳の血管の詰まり方には「脳血栓症」と「脳塞栓症」があります。
脳血栓症は動脈硬化などで動脈の一部が細くなる(狭窄する)ことで血液が通りにくくなり、そこで血液が固まって詰まることにより起こります。
脳塞栓症は心臓などで血液の固まりができ、その固まりが脳の動脈に流れていって、動脈を詰めることにより起きます。
脳梗塞の症状と言えば手足の麻痺(運動麻痺)を思い浮かべる方が多いと思います。運動麻痺はどうして起きるのでしょう?手足を動かす運動神経は、命令を作り出すコンピューターの役目の「神経細胞」と、命令を伝える光ファイバーケーブルの役目をする「神経線維」から成り立ちます。神経細胞は脳の表面の「皮質」に多く存在し、神経線維は中側の「髄質」に存在します。どちらが障害されても運動麻痺が起こります。尚、運動神経は延髄で反対側に移行するので、右脳の病気では左麻痺、左脳では右麻痺が起きます。
脳血栓症は比較的細い動脈に起きることが多く、運悪く「神経線維=光ファイバーケーブル」を直撃する場合があります。その時には、たかだか直径1cmの大きさの梗塞でも強い運動麻痺を起こします。動脈硬化の強い高齢者が特に就寝中に発症する場合が多く、朝起きたら片方の手足が動かしづらいという症状が見られます。意識はしっかりしていることが多いです。「朝起きたら」「片方の手足が動かない」はポイントです。
さて、脳梗塞は動脈硬化の強い高齢者だけに起きるのではありません。最近は60歳くらいまでの比較的若い女性にも、少数ながら発症することが注目されています。原因はいろいろ推測されていますが、確定はされていません。女性ホルモンが血液凝固とも関係するので、その辺りに原因があるのではないでしょうか。
脳塞栓症の原因となる病気はいろいろありますが、最も多いのは心房細動という不整脈を起こす心臓の病気です。心房細動では心臓が不規則に収縮するので、心臓(特に左心房)の中で血液が固まり易く、それが大動脈から脳の動脈へ流れて行ってしまい脳塞栓症を起こします。脳塞栓症は脳の比較的太い動脈が詰まることが多く、そのため梗塞の範囲が比較的広いことから重症化しやすいのが一般的です。右手利きの人の言語中枢は左半球にありますので、左脳の塞栓症では利き手である右麻痺と失語症を発症することが多々あります。
心房細動は高齢になるほど増えるので、高齢化社会の現在は大きな問題になっています。心房細動の塞栓症予防には、以前はワーファリンという血液を固まりにくくする薬(抗凝固薬)を用いていました。「ワーファリンを飲んでいると納豆が食べられない(納豆の中のビタミンKがワーファリンを阻害するため)」は患者さん方も良くご存知でした。ワーファリンは有効域が狭いため量が不十分だと塞栓を防止できない、安全域が狭く過剰だと出血の合併症を起こすなど使いづらい薬でした。現在は新規抗凝固薬NOAC=直接抗凝固薬DOAC(両方同じものです)という薬が開発され、頻用されるようになっています。
脳梗塞治療のこの十年間のトピックスとしては、急性期血栓溶解療法があります。t-PA(組織型プラスミノーゲン・アクティベーター)という薬が開発され、脳梗塞急性期患者に血栓・塞栓を溶かす治療が行われるようになったのです。
実は50年以上前にウロキナーゼという薬を使って血栓溶解療法が盛んに行われたことがありました。脳塞栓症にも使用されたのですが、無条件に使用したため出血性脳梗塞という合併症が多発し、脳塞栓症には長く禁忌でした。出血性脳梗塞は以下の機序で起きます。「川がせき止められて=太い脳動脈が塞栓で閉塞して」、「干上がった田んぼ=血流が途絶して障害された脳組織」に「川の水が再び急に流れる=塞栓が溶けて急に血流が再開する」と、「田んぼが水であふれてしまう=梗塞組織に出血を起こす」のです。
しかし、t-PAが開発され種々の臨床研究を重ねた結果、現在では発症4.5時間以内の脳梗塞であれば血栓症・塞栓症共に急性期血栓溶解療法を行うようになりました。もちろん4.5時間より早ければ早いほど良いですし、治療前のCT・MRI所見などの条件もあります。何よりも専門施設で治療を受けることが必要になります。
更に、虚血脳への薬物による保護療法や、脳動脈カテーテルによる血栓回収療法も行われていて、脳卒中専門医達は脳梗塞の急性期治療に積極的に取り組んでいます。
高齢化の進む現代では、脳梗塞の発生・再発を防ぐ予防治療は極めて重要です。予防治療としては、特に血圧をコントロールし悪玉コレステロールを下げ動脈硬化の進行をさまたげる事が重要です。高血糖が血管を傷めてしまう糖尿病の治療も必要です。脳塞栓症の原因となる心房細動など心臓疾患の管理も重要です。言ってみれば、かかりつけ医が日頃行っている内科的管理が重要ということです。特別な事ではないのです。「頭の病気の予防は首から下の内科治療が重要」は、私が日頃患者さんに伝える言葉です。
「血液サラサラ」とする抗血小板薬や抗凝固薬の適応については、患者さんの状態によるところが大きいので、医師と良く相談されると良いと思います。
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