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花粉症の疫学と治療
花粉症は誰もが認める増加している病気ですが、どの程度の患者がいるのかはっきりとしたデータはあまりありません。その中で日本アレルギー協会会長の奥田稔が行なった住民台帳を基準にした疫学調査は1万人を対象とした今までにない大規模なものでした。回収率も56%と全国規模のアンケート調査としては良好でした。その調査によると全国平均では15,6%で地域別の有病率では東北13.7%、北関東21.0%、南関東23.6%、東海28.7%、北陸17.4%、甲信越19.1%、近畿17.4%、四国16.9%、中国16.4%、九州12.8%で北海道、沖縄はごく少ない有病率でした。ある最近の調査によるとスギ花粉症の有病率は全国で20%を超えると報告されています。少なくともスギ花粉症はアレルギー性鼻炎全体と共に増加していることは明白であり、注意が必要です。
また近年では花粉症発症年齢の低下が叫ばれています。我々は成人男女958名を対象としてその子供を含めたアンケート調査を行いました。スギ花粉症の有病者はハウスダスト・ダニアレルギーを合併しているものも含めると母集団では377名(39.3%)、平均12.17歳である子供たちの集団では167名(16.1%)とやはり成人での有病率が高くなりました。しかし、それぞれの集団で15歳までの発症率を見ると母集団では5.3%に対し、その子供たちの集団では9.7%と約2倍に上昇し、花粉症の低年齢化を示していました。花粉症の有病率は刻々と変化をしていますが、現在の状況では極端に減少することは考えられません。今後引き続いての調査が必要と考えます。
スギ林の面積は全国の森林の18%、国土の12%を占めています。このためか花粉症の患者さんの約70%はスギ花粉が原因です。しかし花粉量には地域差があり、森林面積に対する比率では九州、東北、四国で高くなっています。北海道にはスギ花粉飛散は極めて少なく、沖縄にはスギが全く生息しません。関東・東海地方ではスギ花粉症患者が多く見られます。ヒノキ科花粉症も見られますが、スギの人工林がより多いのでスギ花粉が多く飛散します。関西ではスギとヒノキ科の植林面積はほぼ等しいですが、今のところヒノキ科は幼齢林が多く、東日本よりヒノキ飛散の割合が多いと考えられています。
スギをはじめとする風によって花粉を運ぶ植物(風媒花)は虫などが花粉を運ぶ植物(虫媒花)よりも多量の花粉をつくり、花粉が遠くまで運ばれるので花粉症の原因になりやすいと考えられています。原因となる花粉の種類は多く、日本ではこれまでに50種類以上の原因花粉が報告されています。 このような花粉症を引き起こす風媒花には、樹木ではスギやヒノキの他にシラカンバ、ハンノキ、ケヤキ、コナラ、ブナ、オオバヤシャブシなどがあります。草本ではカモガヤなどのイネ科の花粉症が多くなってきていますが、他にブタクサ、ヨモギなどキク科の植物があげられます。主な花粉の飛散時期つまり症状が出現する時期はスギ、ヒノキなどの樹木では春が中心ですが、イネ科の場合は初夏に、キク科の場合は真夏から秋口に飛散します。
世界的な温暖化の影響でスギ花粉飛散数も増加が予想されます。気象庁によるシュミレーションでは関東のスギ林密度も増加する傾向にあります。
鼻の機能は呼吸する空気の加温、加湿、防塵です。花粉が鼻粘膜からはいると表面についた花粉は鼻の粘膜の上皮細胞にある線毛がベルトコンベアのように働く事により鼻の外に運び出されます。運び出されなかった花粉は鼻の粘膜に付着し、抗原成分を鼻粘膜にしみこませます。鼻の粘膜の中にはアレルギーの細胞である肥満細胞があります。スギ花粉症患者さんの場合にはスギ花粉に対するIgE抗体が肥満細胞のまわりに結合しています。このIgE抗体が溶けだしたスギ花粉の抗原成分を捕らえて結合して肥満細胞が活性化し、反応を生じます。その結果、放出されたヒスタミンが鼻粘膜表面の神経を刺激し、くしゃみを起こし反射的に鼻汁の分泌を生じさせます。さらにヒスタミンは血管を刺激して鼻づまりの症状を引き起こします。繰り返しスギ花粉との接触が多くなると、花粉症の症状は強まります。結膜も肥満細胞上のIgE抗体と結膜の表面で溶けだしたスギ抗原成分が結合してヒスタミンが放出されます。ヒスタミンも同じく結膜表面の神経を介して痒みを生じ、反射性に涙の分泌が増え、神経の過敏によって異物感が強くなります。掻痒感が強い場合にはドライアイという乾く目の病気の合併の可能性があります。厚生労働省の研究班の調査ではスギ花粉症では発熱などの全身症状はすくないものの、口の渇き、咽の違和感、皮膚のかゆみなどの鼻や眼以外の症状を訴える方も多いことが分かって来ています。これらの鼻や眼以外の症状は今後
花粉症の治療は他の鼻や眼のアレルギーの治療と基本的には同じですが、急激に花粉にさらされるため、急性の強い症状への配慮も必要となります。治療法を大きく分けると、症状を軽減する対症療法と根本的に治す根治療法の二つがあります。
内服薬による全身療法
点眼、点鼻薬などによる局所療法
鼻粘膜への手術療法
原因抗原(花粉など)の除去と回避
減感作療法(抗原特異的免疫療法)
対症療法として抗ヒスタミン薬(第一世代、第二世代)、化学伝達物質遊離抑制薬、ロイコトリエン拮抗薬などの内服や点鼻、点眼、そしてステロイド薬の点鼻、点眼などが組み合わせられます。鼻の症状ではくしゃみ、鼻汁が強い症状の場合は第2世代抗ヒスタミン薬が多く使われます。鼻閉が症状の主体である場合にはロイコトリエン拮抗薬がよい適応となります。どの症状も中等症以上になった場合には主として鼻噴霧用ステロイド薬がもちいられます。より鼻づまりが強い場合には点鼻用血管収縮薬や時に内服のステロイド薬を使う場合があります。この内服ステロイド薬は2週間を目途として使用します。全身性のステロイド薬の筋肉注射はアレルギー専門の施設ではその副作用の問題からほとんど行われていません。眼の症状に対しては抗ヒスタミン薬の点眼液、化学伝達物質遊離抑制薬の点眼液がその主体となりますが、症状の強い場合にはステロイド点眼液を使用することがあります。この場合には眼圧の上昇に注意が必要です。現在、アレルギー治療薬の使用方法として花粉飛散開始とともに薬剤の投与を始める初期治療が一般的であり、季節が始まって症状が出現してから薬剤を服用し始めるより効果が高いことが分かっています。副作用としては、抗ヒスタミン薬は多かれ少なかれ眠気が出ることがあります。鼻噴霧用ステロイド薬は局所のみで血液中に入らないため副作用は少なくなっています。血管収縮薬は使いすぎると血管が薬剤に反応しなくなり逆に拡張し続けるため鼻閉がひどくなることがあり、注意が必要です。市販薬の点鼻薬にも含まれていますので注意して使用しましょう。
減感作療法は抗原特異的な免疫療法とも呼ばれ、花粉の抽出液の濃度を少しずつ上げ注射して、身体を花粉に慣らす(花粉に対し防御する免疫を獲得する)ようにさせる方法です。週に1ー2回の注射で進みますが、維持量からは2週間に1回を2ヶ月間続け、その後1ヶ月に1回の注射となります。これは体質改善のため2年以上続けることが重要です。やめた後でも効果が持続するのがこの治療法の特徴であり、2年以上続けた患者さんの約60%の方に効果が持続しています。
ご自分でできるセルフケアとしては外出時にマスク、めがねをして、原因の花粉を少しでも体の中に入れないようにする努力が必要です。花粉症用のマスクでは花粉が約1/6、花粉症用のめがねでは1/4程度に減少することが分かっています。また花粉情報に注意し、花粉飛散が多いときには無駄な外出は避けるようにしてください。家にいる場合でも、花粉飛散の多いときには窓の開け閉めに注意をしましょう。もし、外出する場合にはけばけばした花粉のつきやすいコートを着ることは避けましょう。外出から帰ってきてもすぐに顔を洗い、うがいをすることをお勧めします。全く症状をなくすことは不可能ですが、少しでも症状を軽くすることができると考えます。鼻粘膜の状態を良くするように、悪化の因子であるストレス、睡眠不足、飲みすぎなどを抑えることが必要です。軽い運動などは花粉防御をしたうえでは推奨されると思われます。セルフケアと医師、薬剤師による治療を含め、花粉症の季節を快適に過ごせるよう努力してみてください。 厚生労働省の資料より。